レストラン

愚直なまでに直球勝負
カウンター割烹「大阪料理あら川」の
荒川大将のちょっといい話

日本各地から冬のご馳走、届きました

「カウンター割烹」というスタイルで、荒川大将との対話も楽しみたいならこちら。
包丁を握るひたむきな姿に、最初は少しコワモテなのかしらと思っていたら、意外とおちゃめ。客人の心をふんわり柔らかくする話術で「お客さん、まだきっと二十歳くらいでしょ?」なんて軽口を飛ばし、女性客の心もがっちり掴みます。「ねえ大将、今日は何がオススメ?」と気軽に聞いて、食材や産地の話を楽しむのも一興。




今回は、ちょっと荒川大将ご自身の話を聞いちゃいました。

僕がシンガポールに来たのはちょうど15年前。当時は本格的な和食店も少なくて、カルチャーショックを受けたこともありましたね。日本では刺身をつくるとき、料理人の腕が見えるのは、どれほどうまく脂がのった血合いを残すかですが、こちらでやったらまだ皮が残っていると苦情が来たりとかね。あとワサビの量が多いのには驚きました。あ、それは今でもですけど(笑)。ちなみに15年前、日本の食材を大阪から仕入れるルートを開拓したのは僕です。大阪には僕のところみたいな小さな割烹店が多いから、築地に比べて少ない量でも良心的な価格で分けてくれるんです。それに京都のタケノコや、淡路のハモなどは、大阪からでないとね」




シンガポールの和食界を牽引してきた荒川さん

食材の話をする姿はとても楽しそう。
根っからの料理人である大将、子どもの頃からこの道に進むと心に決めていたのだとか。

僕が最初に料理に目覚めたのは、小学2年生のときのキャンプで、飯ごう炊飯をしたとき。
それ以来、料理一筋。15歳で故郷島根を出て大阪の『吉兆』に弟子入りしたんです。とにかく最初は辛抱の日々でした。朝から晩まで働いて、店長の肩もみまでして。このときに身に付いた、しんどいと思ったら負けという精神が今も僕を支えています。62歳になって体にガタもきていますが、常に自分をいじめていますね。どんなに疲れていても朝はきちんと起きて、朝食をしっかり食べます。怠けたことをして、味覚の鋭さを衰えさせたくないんです




一流の料理人として、
体が資本

来星以来15年間で、仕事を休んだのはたった2回だけ。骨折をしても松葉づえをついて調理場に立ち続けたとか。
普段は冗談ばかり言って笑わせてくれる荒川さんの陰の努力、強靭な心と体に驚くとともに、すとんと腑に落ちたような気分。ああ、だから荒川さんの料理は、骨太でブレないんだと。



「ご存知の通り、日本料理は出汁が決め手です。うちでも鰹節や昆布をこれでもかというほど使って、毎日丁寧に出汁を取っています。
シンガポールの方は塩辛いスープを好まないでしょ。大阪料理は東京ほど辛くない、京都ほど薄くない、ちょうど食べやすい味みたいなんです。出汁がしっかり効いて甘みがあるから、女性の方にも喜ばれています。
階段は五段飛ばしには登れない。一段一段コツコツやってきました。僕、ごまかし方を知らないんです。特別なことはしないけれど、手抜きもしない。カウンター越しに、お客さんが『旨いなあ』と目を細めるのを見るのが何よりもうれしいですね






まとめ

海を渡り、本物の大阪料理を作り続け、辿り着いた境地。
シンガポール人から称賛され、日本人から親しまれる荒川大将の味。
関西風の上品な天然出汁が沁みる、あら川オリジナルの「茶碗蒸し」や、味噌のコクと近江牛の甘みが絶妙なあら川名物料理の「牛すじ煮込み」など、カウンター越しでの荒川大将との会話を楽しみながら、皆さんも、冬のご馳走を召し上がってみては。

今回ご紹介した「大阪料理 あら川」の詳しい情報は こちら