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【シンガポールNOW】
謎めいたHDB公団住宅、購入リポート(上)

-Singapore-
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シンガポールNOW

謎めいたHDB公団住宅、購入リポート(上)

シンガポールの公団住宅(HDBフラット)を購入した。小さな住宅で、リース期間は99年間。
購入というより使用権を払わされるようなスッキリしない気持ちを引きずりながらも、購入を決めた。
それでも、この国の持ち家率は9割で、国民の8割がHDBで暮らす。
HDBフラットの購入価格は平均で約5300万円。
後に説明するが、買わない手はない「お得物件」だ。
国土が限られた特殊な国で、国民の暮らしを最大限にサポートするというHDBの政策は、政府の知恵がふんだんに凝縮されている。
驚かされた仕組みのいくつかをリポートする。




◇みんな買えるように


建設が完了したてのHDB

公団住宅は住宅開発庁(HDB)という部門がすべてを取り仕切る政府管轄の住宅。
購入から入居、入居後のサービスまで、すべて住宅開発庁が対応する。
政府が取り仕切ることの最大のメリットは、住宅価格が割安で安定しているということだろう。
これによって政府が守りたいとする経済基盤が弱い低所得層や、若年カップルでも購入できる枠組みができている。

シンガポールのデスモンド・リー国家開発相は2月6日の議会で、政府は取得希望が一定件数に達した場合に着工するBTO(ビルド・トゥ・オーダー)方式の住宅価格を、「ほぼ横ばい」に保っていると説明した。
比較的新しい住宅地の4部屋タイプ物件の場合、平均価格は2019年時点で34万1000シンガポールドル(以下ドル、当時約2800万円)だったのに対し、22年時点では34万2000ドルとほぼ横ばい。
建設費は過去2年間で3割近く上昇しているにもかかわらずだ。
最近のプライベート住宅価格の高騰は顕著だが、HDBはそうした価格変動に動じない姿勢を強調している。



◇国民ファースト政策


リノベーション後のHDB室内(内装業者ジャスト・インテリアのサイトより)

公団住宅は国民の住環境を整えることが最大の目的で、投資向きではない。
1世帯1戸の購入が原則で、物件を複数所有していれば、高い税率が課せられる。
さらに、新築を購入した場合、5年間は転売が原則禁じられ、賃貸に出すこともできない。

そして、外国人には購入権がない。
われわれ夫婦の場合、夫がシンガポール国民、妻の私が日本人の永住者。
国民同士の夫婦ではないということで、HDBの購入価格に1万シンガポールドル(約100万円)の追加料金が課された。とても、後味が悪い。
ただ、この世帯に市民権を持つ子どもが生まれた場合、この追加料金は差し引かれるという。
なんとまあ、あからさまな「国民ファースト政策」というわけだ。

さて、HDBを「おいしい物件」と見る層もいる。
新築は一般的に中古物件より安く設定されているのがミソで、新築で買うと必ずと言っていいほど価格は上がる。
投資好きなシンガポール人にとって、そうした物件は魅力的だ。
定住してもらうことを政策の軸にしているため、転売にもさまざまなハードルが設けられているが、転売可能となる入居5年を超えると、あちらこちらで家が売られていく。



◇くじ運が命

新築HDBの購入方法は、簡単に言うと「くじ引き」。
どうしてもここがいい、とお金を積んでもくじで引き当てない限り、そこには住めない。
シンガポールにどこか社会主義っぽさを感じるのはまさにこういう所だ。
われわれが購入したのは、住宅の再販を行うSBF(セールス・オブ・バランス・フラッツ)方式という、くじ引き・・・いや、制度。
一回目で引き当てた人たちが、何らかの事情で辞退した物件を対象に再度行うスキームだった。

現実の世界でサイコロに身を任せるような緊張感がある。
無論、オンラインで行うのだが。
まずは、当たるか外れるかの2択で一喜一憂する。
当たった場合、付与された番号にまた一喜一憂する。
与えられた番号順に、物件を選ぶ権利があり、番号が早いほど、多くの選択肢から好きなものを選べる。
立地、階、風向き、間取りなどを考慮し、与えられたリストの中から好きな物件を選択する。

われわれは、それなりのくじ運を発揮し、200番台まであるうちの60番台を引き当てて、好みの地域を選択できた。
政府が新しく建てているHDBの多くは、中心地から離れたところが多い。
その分、若い家族向けの施設や保育所が充実しているなどのメリットはあるものの、都心部から離れているデメリットもある。
われわれは割と都心部に近い場所を選択できた。



◇各ドアに民族の名札?

HDBの民族融和政策(EIP)にも助けられた。EIPは1989年に導入。
民族間の調和を促進させるため、同じ民族同士が固まって住むことがないよう、別々の民族が隣り合って住むような政策をあえて取っている。
中華系、マレー系、インド系、その他民族の割合が決められている。
実際には、それぞれの家のドアに居住可能な民族の名札が付けられていると想像すればわかりやすい。

同じ民族だけが特定の地域に固まって住むと、互いの敵意を生みやすいという歴史的教訓もある。
シンガポールが港湾都市として発展するきっかけを作った英国人トーマス・スタンフォード・ラッフルズは、民族の居住地域をあえて分ける政策をとった。
これが民族対立の火種を生んだ。
民族を越えて一つの「シンガポール人」アイデンティティーを形成するための知恵は、住宅政策にも隠されていた。

われわれはこの民族制度を利用し、日本人である私の民族区分「その他」の名札が付いた家を購入した。
マジョリティーの「中華系」には購入の権利がない家だったため、運よく空いていたという具合。
一言でくじ引きといっても、なかなか奥深いくじ引きだった。
ちなみに、われわれの右隣には、マレー系の家族、左隣にはインド系の夫婦が住んでいる。
いまのところは仲良くやっている。



◇待機中の4~5年、どうする


HDBの案内写真(同庁サイトより)

最後に一つ、課題を提起したい。
非常にうまく考えられたHDB政策なのだが、課題はその待ち時間にあると思う。
HDBの公式サイトでは、新築のBTOを購入した場合の入居までの待ち時間は4~5年と書かれている。
この年月は、人々に重くのしかかり、恋愛観や結婚感にも影響を与えている。
例えば、よくあるケースだと結婚しても入居できる家がなく、HDBが完成するまでどちらかの実家に身を寄せる。
その間に子どもが1人、2人と産まれれば住環境としては非常に厳しい。

そうした未来が目に見えているからと、彼氏彼女の段階でHDBを申請する人も多い。
待ち時間がネックということを政府も認識しており、婚姻関係がなくてもHDBは申請できる仕組みになっている。
この4~5年でうまく着地できるカップルは良いが、この間にいろいろあるカップルもいる。
政府は供給を増やすため、2021~25年にHDBフラットを10万戸完成させる計画としている。
これがうまくいって供給がもっと増えれば、シンガポールでも課題になっている少子化対策にも一役買うのではないか、とひそかに思っている。(下に続く)



(時事通信社 シンガポール支局)

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※2023年6月30日にアップデートされた情報です。


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