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【シンガポールNOW】
謎めいたHDB公団住宅、購入リポート(下)

-Singapore-
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日々最新の情報を全国に配信する時事通信社より、シンガポールに関する最近のニュースをピックアップしてお届けします。

前回の【シンガポールNOW】謎めいたHDB公団住宅、購入リポート(上)】に続き、興味深いHDBの購入について詳しく解説。
ゆっくりご一読ください。

シンガポールNOW

謎めいたHDB公団住宅、購入リポート(下)

シンガポールの公団住宅(HDBフラット)は小さな家でリース期間が一般に99年であるにもかかわらず、持ち家率は9割と高水準なのはなぜか。
実際に購入してみたところ、HDBは購入することのメリットが大きい。
理由は中央積立基金(CPF)という強い味方が手助けしているからだ。CPFは日本人が想像する年金以外にも、住宅購入のための資金としても活用できる仕組みが整っている。



◇購入の立役者CPF

HDB購入の立役者は、シンガポールで国民・永住者が加入する積立制度「中央積立基金(CPF)」だ。周知の通り、CPF拠出額は従業員本人が月額収入の20%、雇用主が17%。拠出額は以下の三つの口座に自動的に振り分けられる。
それらは、
(1)年金に当たる特別口座(SA)
(2)医療費の拠出に使えるメディセーフ口座(MA)
(3)公団住宅(HDBフラット)購入で拠出できる普通口座(OA)
の3種類。
ミソは3番目のOA口座だ。

HDB購入に関する頭金の支払いや、月額のローン支払いはこのOA口座から拠出できる仕組みになっている。
毎月の支払額は個人が設定し、オンラインサイトでいつでも変更することができる。
支払いにOA口座を利用すれば、積み立てによる入金の分、口座の残高が減らずにすむ。
それだけでも、気持ち的にとても楽だ。
もちろん、月収の20%をCPFに支払っているとはいえ、日本の税金とは違ってただ出ていくだけでなく、別の用途で個人に還元されているという実感を持ちやすい。
ただ、HDBが提供するローンの利率は2.6%と、特別に低いわけではない。

さらに詳しくなるが、CPFの三つの口座への振り分けは、本人の年齢によって割合が異なる。
若いうちは、住宅購入に使えるOAに振り分けられる割合が多い一方、年を重ねるにつれMAとSAへの割合が上がる。
つまり、若い時には住宅購入用の資金繰りを政府が強制的に手助けしているという言い方もできる。
こうした土台があるので、若者も早いうちから住宅を購入することができている。

ちなみに、医療費として拠出できるMAや、年金に当たるSAについても、口座にためられた金額は全てCPFのアプリから確認することができる。
1シンガポールドル(約100円)単位で金額がはっきり明示され、利率もついて成長していく。
非常に明確でわかりやすいシステムだ。自分が払った年金が将来どうなるか見通しがつかない日本には、こうしたシンガポールの制度を参考にしてほしいと思う。



◇99年リースはちょっと・・・。


1960年代に建てられた西部クイーンズタウン地区のHDB(HDBサイトより)

それにしても、99年リースというところにどうしても納得がいかない。
実際に購入の際、住宅が99年リースであることに同意する書類へ署名させられる。
シンガポールではHDBがリース期限を迎えたケースが過去に一度もない。
人生は100年時代だ。
生存していて、もしうっかり満期を迎えたとしたらどうなるのだろうと要らぬ心配をしてしまう。
シンガポールが初めてHDBのリース満了という一大イベントを迎えることになるとき、政府は家を奪ってまで住人を追い出すとは思えない。
国民ファーストでやってきたHDB政策はどんな形で新しいフェーズに向き合うのだろう。



◇空っぽのコンクリート箱


入居したてでコンクリートがむき出し状態

われわれの購入したHDBは、コロナ禍で建設が約2年遅れた。
その間は仕方なく賃貸を転々とした。
やっと工事が完成し、鍵を手にしてから家に入ると、そこは空っぽのコンクリートの箱だった。
上から下まで床という床は、コンクリートがむき出し。配線もむき出しだ。
収納スペースもないし、キッチンもない。
かろうじて、ドア、シャワーと便器が付いている程度だ。
フローリングを選び、キャビネットの配置を決め、壁をペインティングし、キッチンやシャワールームのあり方を決める。
壁を打ち抜けば、間取りもある程度変更できる。
リノベーションは完全に個人任せのため、シンガポールのリノベ業界がやたらと盛況なのはそのためだ。

全ての住宅にはボムシェルター(防空壕=ごう=)がある。
リノベは個人の裁量でいかようにもできるが、防空壕は手を加えてはいけない決まりだ。
ドアの変更、空気孔をふさぐこともできない。
シンガポールが襲撃された際はここに逃げ込むのが目的だが、重たく無機質な扉は不格好なので、これをどうインテリアでカムフラージュさせるかに悩まされる。

HDBのエリア内には基本的に緑が多い。
子どもの遊び場、大人の運動エリアは数カ所あってにぎやかだ。
他にも、保育園、スーパー、クリニック、フードコート、美容院などが設置されている。
毎週末には無料のフィットネスレッスンが行われる。
フリースペースでは地域行政(タウンカウンシル)が主催する子供向けのお祭りや無料の映画鑑賞会が行われることもある。
都市鉄道MRTとのアクセスがよく、うちは国内の各自然公園間を結ぶ歩道・自転車道ともつながっている。
近所とのトラブルが発生した際の相談窓口、地域のコミュニティーを活性化させるセンターなどサービスもあり、人々の暮らしやすさを追求した街づくりをいかに意識しているかが感じられる。



◇住宅危機で出発した政策


広大な土地に建設中のテンガ地区のHDB(同庁サイト)

最後にHDBの歴史を少しだけ紹介したい。
HDBサイトによると、HDBはシンガポールが住宅危機の課題に直面していた1960年2月に設立された。
「当時は多くの人が不衛生なスラムや混雑した居住区に住んでおり、自宅と呼べる場所を求めていた」ことが背景にあった。
3年以内に2万1000戸を建設した。ベーシックな住宅造りをした60年代から、70年代には総合的な街づくりの計画を始め、住む以外にも「働く・学ぶ・遊ぶ」の環境整備に配慮し始めた。
80年代になると、「質の高い生活環境づくり」に着目、90年代には「個性のある街づくり」を意識してHDBを建てた。
2000年代には「未来に向けた革新的な取り組み」として、ピナクル@ダクストンのようなHDBが誕生し、10年代からは「サステナブルでスマートな住まいの実現」をスローガンに、テンガー地区では初となるスマートタウンを開発中だ。
住宅は人々の暮らしと密接につながっている。
古いHDBと新しいHDBを比較すると、洗濯物干し場の設計の変化など、ささいな違いでも人々の価値観や暮らしぶりがどう変化していったのか垣間見られて興味深い。





(時事通信社 シンガポール支局)

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※2023年7月26日にアップデートされた情報です。


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